サラ・ムーンという写真家について
http://www.kahitsukan.or.jp/sarah%202016/index2025.html
京都・何必館で開催中の「About time Sarah Moon」展を前に、あらためて彼女の作品について触れてみたいと思います。
サラ・ムーン(Sarah Moon)は1941年フランス生まれで、1960年代にはファッションモデルとして活動し、その後1970年代に写真家へ転じました。若い頃に“一世風靡した”と言われる背景には、モデル出身という経歴だけでなく、彼女が築き上げた独自のビジュアル世界がありました。
当時のファッション写真が鮮明さや即物的な美しさを求めていたのに対し、ムーンの写真はまったく別の方向へ向かいます。ピンボケ、ブレ、長秒露光、退色したような色合いやモノクロ。輪郭がかすみ、被写体が時間の中に溶けていくような、夢の断片のような世界が広がります。曖昧さをそのまま表現として受け止め、深く息づかせた数少ない写真家だと言えます。
ムーンの作品には、童話や神話といった“物語”を再構成したシリーズが多くあります。代表作「赤ずきん」は、古い街並みを歩く少女をモノクロで写した写真絵本で、物語の残酷さを直接描くのではなく、何かが起こる“前触れ”のような気配が漂っています。フェアリーテイルや象徴的な文学の世界、さらにはサイレント映画のような静謐な佇まいが作品に強く影響していることが感じられます。
また彼女は、大きな影響をファッション写真の世界にも与えました。ムーンの曖昧で詩的な写真は、ファッション写真を単なる商品紹介から“物語を語る写真”へと変化させ、「ムード写真」と呼ばれる潮流を生みました。広告から美術館展示にまで活躍の幅を広げ、ファッション写真がアートとして評価される流れにも大きく貢献したと言われています。
今回の京都・何必館の展覧会では、「CIRCUS」「Owl」「Red Thread」「The Little Mermaid」「Little Red Riding Hood」などのシリーズがまとめて展示されています。プリントの質感やモノクロのトーン、映像作品との組み合わせなど、ムーンの世界観を立体的に味わえる内容になっています。
曖昧で儚いものをそのまま美として提示する写真家、サラ・ムーン。
彼女の作品は、時間の向こう側にある“消えゆくものの気配”を静かに写し取っているように感じます。
